「妹紅。ちょっと良いか?」
 そうやって慧音が話しかけてきたのは、ある日の昼下がりの事だった。
 今日も何か事件が起きて、幻想郷が大騒ぎになったりはせず、平和な一日。
 私はと言うと、あまりにも暇なので落ち葉を集めて焼き芋をやっていたところだった。
 うーん、美味しい。
 口の中に残っていたホクホクの焼き芋を飲み込んで、返事をする。
「何、慧音? 私に何か用?」
 この時間帯は、慧音は寺子屋の授業をやっていると思ったんだけど。
「ああ、実は生徒たちが集まらなくてな……」
 真剣な面持ちで私に話を振る慧音。
 これはただ事ではなさそうだ。
「生徒が集まらない? 前は確か……。10人程度は居なかった?」
「それがな。保護者の方たちから『寺子屋の授業は利益にならない。これなら貴重な労働力に授業を受けさせる意味がない』と苦情が来たんだ。それで、『生徒たちを通わせるのをやめる』と……」
 慧音はしょんぼりとした顔をする。
 ふむ、利益にならない……か。
「そりゃまたどうして。慧音はちゃんと授業を教えていたはずでしょ?」
「それが意味が無いと言われたんだ」
 どういうことだろう。
「保護者の方が言うには、『子供たちは何も身につけてない。ただ先生の話を聞いて、右から左に流しているだけだ。これでは意味がない』って」
 なるほどな……。
 生徒たちの勉強に対する意欲が足りない、というわけか。
 こればかりは生徒たちの取り組む意思に問題がある。
「それで、どうしてその話を私に?」
 私ではこの問題の助けにはなれそうにも無いのだけど。
「私の授業を受けてほしいんだ」
「慧音の授業を?」
 これは意外な提案だ。私が授業を受けたからと言って、どうにかなるのだろうか?
 疑問を抱く私をよそに、慧音は話を続ける。
「ああ。生徒たちの意欲が無いのは、私の授業の仕方が悪いということだろう。でも、情けない話だが、私は何を直したらよいのかさっぱりなんだ……」
 あ、なるほど。
「それで、私の客観的な意見が欲しい訳だね」
「そうだ。やっぱり妹紅は話が分かるな」
 慧音は嬉しそうな顔をする。
「まぁ、私で役に立てるならいくらでも協力するよ」

 こうして、私は慧音の授業を受けることにした。
 どうせ、暇だったし。


「それでは、一時限目の算数の授業を始めます」
 黒板の前には慧音。
 それを目の前にする私。
 一対一の授業の始まりだ。
 私は慧音に借りた教科書を机の上に置いた。
「では、今日は182ページから」
 182ページ、182ページ……。
 いつも授業はこんな感じに始まるのか。
 私は授業を受けたことは無いけど、そんなにつまらなそうにも思えないな。
しかし、教科書を開いてみれば何やらよく分からない記号や図形がびっしりと書かれていた。
 うーむ……。確かに、これは意欲を失いそうになる。
 こんなの、理解できるのだろうか。
「まぁ、なに。そんなに難しい内容ではないから、大丈夫だ。話を聞いていればちゃんと理解できるはずだ」
 慧音がそんな事を言った。本当かな?
「では、この問題」
 いつの間にか、慧音は黒板にきれいな円を描いていた。
 図形の問題か……。
「問題を読むぞ」
 私でも理解できる内容だと良いけど。
「半径×半径×円周率で求められるものは」
 なんだ、そんなことか。それくらいなら簡単だ。
「円の面積だよね」
「円の面積ですがぁ、」
 “ですが”!? なんだそのフェイントは! どや顔で答えた私がバカみたいじゃないか!
「直径×円周率で求められるものは」
「円周」
「ですがぁ、」
 まだ何かあるのか! 慧音は私をどうしたいんだ!
「この直径が8cmだった時の円周と面積を求めなさいっ!」
 言いきった! 今度こそ答えを言うタイミングだ!
「えーと、円周が」
「時間切れです」
 時間切れ!? まさかの制限時間付き!? しかも短い! どこのクイズ大会だこれは! 
「ちょ、ちょっと慧音!」
 私が慧音を呼ぶと、慧音は左の目でウインクをして見せた。
 それは、「どうだ? 私の授業は面白いだろ?」と聞いてくるかのような……。
 まさか慧音は、自分なりに生徒が楽しめる授業を考えてたんじゃ……。
 まずい。生徒を楽しませようと努力してこれだ。このままいくと寺子屋が本当に潰れてしまう。
 慧音、まともな授業をするんだっ……!
「では、次の問題」
 私が慧音にどのように苦情を伝えるか考えていると、いつの間にか次の問題に移っていた。
 まださっきの円の問題にあった大問題も指摘しきれていないというのに。
「隕石が降ってくるとします」
 それはどの算数の問題だろうか。少なくとも、円の問題では無い気がするんだけど。
「隕石の直径を10cm、」
 小さい! 隕石小さいよ! 隕石には変わりないから、危ないだろうけど!
「落ちる速度を10cm毎時としたとき、」
 遅い! どう考えても遅すぎる! いくらなんでもそんな隕石じゃあ幻想郷は壊れないよ!? そして速度が問題に出てきた時点で円の問題として苦しいと思う!
「私ともこたんが結婚出来る確率を求めよ」
「無理だぁああああああっ!」
 問題が噛み合って無さ過ぎでしょ! 直径と速度の二つの数字でどうやったら結婚する確率が求められるの!? ていうか慧音と私の結婚確率!? ちょっと嬉しいじゃないかくそぅ!
「無理……なのか!?」
 私の渾身のツッコミに絶望的な表情で返す慧音。
 せめてもう少しお互いを知ってからにしようじゃないか。
「性別がどうだとか、算数の問題なのか怪しいだとかそれ以前に、慧音の授業はサムシングボケだよ!」
「サムシング……? 妹紅、もしかしてエブリシングと言いたいのか?」
「ええい! エブリシングだか慈悲深いだか知らないけど、ちゃんと授業をするんだ!」
「待つんだ妹紅。エブリシングと慈悲深いは何一つ噛み合って無いぞ。文字数すら、だ」
「うるさいうるさいうるさーいっ!」
 何気に私の頭の悪さが晒された算数の授業だった。

「それでは。次は英語の授業をしたいと思います」
 だいぶ落ち着いてから、次の授業へと進んだ。
 数学での授業は何事か、と聞いたら慧音は屈託無い笑顔で『徹夜で考えた面白いネタだ』と答えた。
 無理がある。なんで努力する慧音は正しいはずなのに、結果が最高の逆ベクトルへ向かうのだろう。
 そんな事を考えていると、
「ぷりーず、あふたー、みー」
 なんという片言だろう。
 私ですら苦笑いしそうになる。
「あっぽぅ。ほら、妹紅『あっぽぅ』だぞ」
「アッポー」
 慧音に促されて、英語を復唱する。
 発音が致命的な点以外、特に問題は見当たらないような。
「ごれぃらー」
 前言撤回。何語だ今のは。
 教科書に向けていた視線を慧音に向ける。
 慧音が黒板に書いている文字は「Gorilla」。
 まさか今の発音は「ゴリラ」だと言うのか。
「どうした、妹紅? 『ごれぃらー』、だぞ?」
「ゴリーラー」
「ノンノンノン、『ゴレィイイイイラアアアアアアア』!」
「違う! 違うよ慧音! 今更ゴ“リ”ラなのに明らかに“レ”と発音しているとか、そういうことは言わないから! 何かが根本的に間違ってると思ってるんだ!」
 私が発音について講義すると、慧音はフッと笑って、
「何を言うサムシング妹紅。私の発音は本場、バカチン市国のものなんだぞ」
「誰がサムシング妹紅か! ていうかバカチン市国ってどこなの!? ○八先生でも居るの!? そもそも100歩譲ってバチカン市国の間違いだったとしても、その国はラテン語が公用語のはずだ!」
 少なくとも英語は関係無い。
「全く、しょうがないな妹紅。ほら、『でっていうー』」
「そんな恐竜に乗れそうな英単語は無い!」
 
 後で問いただすと、教卓の中からネタ帳が出てきた。
 これも徹夜ネタだと言うのか。

「それでは三時限目、歴史です」
 若干息を切らした私をおいてけぼりに、慧音は無情にも次の授業へと進んだ。
 歴史、か。慧音の得意とするところなんじゃないかとは思うけど、どうしてだか嫌な予感がしてたまらない。
 はっはっはー、ドウシテナノカナー。
「今日は36ページから」
 おっと、36ページ、36ページ……。
 ふぅん。鎌倉のあたりか。
 教科書と睨めっこをしている私を尻目に、慧音は続ける。
「1192年は有名だな。源頼朝が征夷大将軍になって、鎌倉幕府が出来たところだ」
 ああ、アレか。語呂合わせのおかげで、とっても覚えやすい……。
「良い靴(1192)履こうぜ、キャバクラ幕府」
 一つの時代を築いた幕府になんて事を。
「キャバクラだか鎌倉だかは知らないが、まぁ、何。大差はないよ」
「何故っ!?」
 慧音にとって幕府と風俗は大差無いらしい。何という恐ろしい認識よ。
「鎌倉時代で押さえておきたいのは、やはり『承久の乱』だな」
「ほう」
 やっとまともな話に入るかな? と期待して教科書を見る。
 なるほどなるほど、後鳥羽上皇が起こした討幕を目指した乱の事だな。
「1221年。承久3年。降りしきる雪の中、君と手をつないだ1993(いちきゅうきゅうさん)――」
「慧音は何を言っているのかな?」
 1221年のはずなのになんでいきなり1993なんだ。
 どんだけ飛躍しているんだ。
「まぁ、結果ゴッドバード上皇は島流しにされるわけだが」
「不死鳥!? まさかの後鳥羽上皇不死鳥なの!? というかまた話が飛びすぎだ!」
「そして今に至る」
「飛んだ! 三回も大幅に飛んだよ!? ていうか授業する気あるのかこの野郎!」
「なっ……! サブリシング妹紅! 私だって頑張って授業を、」
「サブリシング妹紅って何!? とりあえず私の名前を思い出すんだ慧音!」
「でっていうー」
「違う! 慧音の徹夜ネタはもう尽きたと言うの!? もうちょっとバリエーション増やそうよ!」
「それは作者に言え」
「だめだ慧音! そのタブーで遊んじゃいけない!」
 先ほどから慧音の言っていることは支離滅裂だ。
 徹夜で考えたネタがこれではどうしようもない。
 かといって、
(どういうアドバイスをすればいいんだ……?)

 これは、私がなんとか出来る案件では無い、と悟った。

 それから一週間が過ぎた。
「号外―っ! 号外ですよーっ! 文々。新聞の号外ですよォオオオオオオオ!」
 今日も平和だ、と自宅前でのんびりしていると、テンションが高い天狗がやってきて、新聞紙を撒き散らしてから嵐のように去って行った。
 ふむ、焚き火には丁度良いかな。今日も焼き芋……。いや、秋刀魚でも焼いてみようか。
 そんな事を考えつつ、落ちている新聞を一部拾った。
「さてさて、火種火種っと……。ん?」
 火種を準備しようとしたらふと、記事の見出しが目に入った。『寺子屋人気のワケ』……。
「慧音、何かしたのかな?」
 あの私に対する授業。私は大したアドバイスも何も出来ていない、というか出来なかった訳だが。
 記事を読んでみる。

――今回、人里の子供たちに大人気の寺子屋を取材した。
 家庭の重要な労働力である子供たちを親は何故寺子屋へ通わせるのか、その秘密に迫る。
 
 おお、寺子屋に子供たちが戻ったのか!

――では、何故寺子屋にまた子供が集まるようになったのか。
上白沢慧音氏は次のように述べている。
「友人の『タブーで遊ぶな』という言葉には胸を打たれました。やっぱり徹夜でネタを考えるのは体に良くないと思いましたね。自分を変えること、まずそれが大事だったのです」
 慧音氏は今回の寺子屋の人気は自分自身の自己改革のおかげだと語った。

 慧音。そっちじゃない。

==あとがき==
正直、やってしまった感がある。
反省はしたくない。(

なんか、最近どういうのを書けばいいのか迷走中。
オワタ!(ぉぃ


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