「ふわぁ……」
 早朝。
 門番である私は、咲夜さんほどではないけど、早起きだ。
 上体を起こして、大きく伸びをする。……さっさと起きよう。
 ベッドから抜け出した私は、いつものチャイナ服に着替えて、食堂へ向かった。
 きっと、咲夜さんが起きて朝ごはんを作ってくれているだろう――と思いながら。

 食堂に入る。
 白いテーブルクロスがひかれた、長テーブルが中央に堂々と置かれている。
 いつも、ここでレミリアお嬢様や咲夜さん、フランドールお嬢様にパチュリー様と揃ってご飯を食べるのが決まりだ。
 といっても、朝ごはんだけは別で、私と咲夜さんだけで食べている。
 これは、咲夜さんと私の暗黙の了解だ。
 咲夜さんの作る朝ごはんは、毎朝の私の楽しみだ。
 しかし、今日は何だかいつもと違う。
 おかしいな。咲夜さんはいつも私が起きてくるよりも早く用意してくれているはずのに、テーブルの上には何も見当たらないし、そもそも咲夜さんの姿が見えない。
 もしかして、咲夜さんが寝坊しちゃったとか……? だとしたら珍しい。
「うーん……。まだ厨房なのかな」
 まだご飯が出来てないのかも。
 急かすことになるかもしれないけど、咲夜さんが見当たらないのは気にかかる。
「咲夜さん? 咲夜さーん」
 厨房も覗いてみたけど、誰も居ない。
 おかしいなぁ……。
 そうやって咲夜さんを探していると、食堂の入口の方から扉が開く音が聞こえてきた。
 あ、もしかして咲夜さんかな?
「おはようございまーす」
 挨拶をしつつ、扉の方に向かう。
「あ……おはよう」
 そこには、咲夜さんが立っていた。
 ビシッとキメたメイド服。
 あくまで上品に、短くされたスカート。
 頭には可愛いカチューシャ。
 流石だなぁ、出来る人って感じがする。
 でも、その顔は真っ赤で、とにかく具合が悪そうだった。
「さ、咲夜さん……?」
「……? 何? どうしたの?」
「具合、悪いんですか?」
 今気付いたけど、声も何だか鼻声で、とてつもなく調子が悪そう。
「……失礼ね。メイドが風邪くらいで倒れるわけにはいかないのよ」
「今、風邪って言っちゃいましたよね?」
 どうせなら、具合が悪いところを否定すればいいのに。
「とにかく。私は大丈夫だから。朝ごはん作るわ――」
 バタン。
 これは扉が閉まった音なんかじゃなく、咲夜さんが倒れた音である。
「って咲夜さん!? 大丈夫ですかー!?」
 へんじがない。ただの――
「違う! 屍なんかじゃないもん! 誰かーっ! 誰かーっ!」
 結局、妖精メイドたちがやってきて、咲夜さんは自室へと運ばれた。


「ん……」
 目を開くと、天井が見えた。
 どうやら、私の部屋らしい。
 私はベッドに寝かされていて、額の上にはひんやりと冷たいおしぼりがのせられていた。
 確か私は、美鈴と話をして倒れたんだっけ。
 うーん、病気なんかで休むわけにはいかないんだけどなぁ……。
「あ、目が覚めましたか?」
 む、美鈴の声。
 やっぱり美鈴が私をここまで運んで看病してくれたのだろうか。
 だとしたら、ちょっと借りが出来たな――
 そんな事を考えながら、声のした方に視線を向ける。
 目の前に見えたのは、にこやかに笑っている美鈴だった。
「あ、お、おはよう……」
「ゆっくりしていてくださいね。咲夜さん、すっごく熱があるんですから」
 言われて、自分の額に手を当ててみる。
 確かに、これは熱がある。少なくとも平熱とは思えない。
 頭もちょっとぼんやりしていて、何かを考えることが辛く思える。
「そうだ。仕事は? 私が居なくて成り立っているの?」
「大丈夫ですよ。レミリアお嬢様もゆっくりさせてあげなさい、って言ってましたし、一日くらいなら妖精メイドさんだけでもイケる、って言ってましたし」
 本当だろうか。自分の見てないところで、何かあっても困るのだけど……。
「まぁまぁ、咲夜さんは働きすぎですよ。たまには休みましょうよ」
 働きすぎ、か。
 まぁ、最近私は休みを取った記憶がない。
 どの道、この体調だと上手く動けないだろうし、今日くらいはゆっくりと羽を伸ばさせてもらおう。
「分かったわ。今日はゆっくりさせてもらうとするわ」
「はい。お任せください、咲夜さん」
 美鈴はまたにっこりと笑った。
「そういえば咲夜さん。朝ごはん、何も食べてないですよね?」
「あ……」
 そっとお腹に手を当ててみる。
 体調が悪いから食欲もないかと思ったけど、空腹を感じた。
「おかゆ程度なら作りますよ?」
「あ、でもあなた門番の方は……」
「そちらも問題ありません! “工事中”の看板を門にぶらさげておきました!」
「問題だらけじゃないの」
 紅魔館では現在、改修工事は行っておりません。
「えへへ〜、冗談ですよ。そちらも妖精メイドさんに任せて、私は咲夜さんの看病に努めることになりましたから!」
 妖精メイドもかなり心許ない気がするのだけど……。
 まぁ良いか。心許ないのは元からだ。
「あれー……。なんだかかなり失礼なモノローグが流れている気がするのですけど」
「気のせいよ」
「そうですか? じゃあ、早速おかゆ作ってきます!」
「あ、でもあなた門番の方は……」
「さっき聞きましたよね? 咲夜さん? そこでそんな苦しそうな表情するのはやめてください! シャレになりませんよ!?」
 たまにはこうやって美鈴をからかってみるのも楽しいかも。

「失礼します」
 私の部屋から出て行ってちょっと間が開いて、美鈴が帰ってきた。
 手際が良いのかしら、もう帰ってきた。
「出来ました、おかゆです! 熱いですから、気を付けてくださいね!」
「ありがとう」
 私は、美鈴から温かい皿を受け取った。
 スプーンも貰って、食べる準備は万端。
「じゃあ、いただきま――」
 言いかけて、私は気付いた。
 皿の中にあるものの違和感に。

 白い米の塊の上に、赤くて脂が乗ってそうな……マグロ。

「寿司!? まさかのお寿司を持ってきたのあんた!? 私は風邪なのよ、そんなときにこんなもの食えるかこの野郎!」
「ええ!? おかゆですよ何を言ってるんですかこの野郎!」
「これのどこがおかゆなのよ! この寿司をこのスプーンで食えってか! しかも、何で温かみがあるのよ!」
「それは河童印の“電子レンジ”とか言うのでチョロっと」
「なんで!? なんでお寿司温めたの!? ちょっと色が変わってるじゃないの!」
「ほら、咲夜さん風邪ですから温かくしないと」
「だったらまともなおかゆを作れよバーカ!」
 だめだ。お寿司とおかゆの見分けがつかないなんて、どうかしている。
「まぁ、落ち着いてください咲夜さん。おかゆとお寿司って、似てるじゃないですか。文字数とか」
「文字数だけで自分のミスを誤魔化す気!? 怒りを通り越して呆れたわよ!」
 恐ろしいほど美鈴にしか非が無いというのに、開き直るとは恐ろしい。
「ほら。確かにおかゆとお寿司は“お”しか合って無いかもしれません。でも、ほら! おかゆの“か”って何かしら進化の過程に居るかもしれないじゃないですか」
「居てどうするのよ。それで共通点が見出せるの? 意味分かんないわよ……」
「人間が猿人からの進化の過程にチョロっと」
「アレか! “か”は猿人が腰を曲げてだんだんと二足歩行に目覚めそうな段階か!」
「…………」
「なによその“こいつ何言っちゃってんの?”って台詞がすごく似合いそうな表情は! 折角ノってあげたのに、そのリアクションは酷いわよ!?」

 そんなこんなで、言い合って落ち着くまで数分。

「……あちゃー、38.5分。さっきより熱が上がっちゃいましたねー」
「絶対……。あんたのせいよ……」
「まぁ、これでおかゆとはなんたるかが分かりましたしね! イケますよ!」
「もうご飯は要らないわよ……」
「え? そうですか?」
 折角作ろうと思ったのにー。とむくれる美鈴。
 もう食欲なんか無かった。


「咲夜さん。お風呂はどうしますか?」
 本を読んでいると、美鈴がそんな事を言った。
 ふむ、もうそんな時間か……。
 窓の外を見れば、夕日が沈みかけていた。
「具合が悪いし、正直動きたくないわ」
 確かに、具合が悪い時にはお風呂で温まれば良いと聞くけど、ね。
「あー、そうですか……。やっぱりあんまり動くのは良くないですよね」
 美鈴もうんうんと頷く。
「分かりました。今日はその汚い体でゆっくりと寝ていて畳返しッ!」
 くっ。畳なんか無いはずなのに畳で私のナイフを防ぐなんて。
「何てことするんですか! 刺さると痛いんですよ、それ!」
「あんたが余計なこと言うからでしょうが!」
 いけない。余計に頭が痛くなった。
「まぁ、汚いは言いすぎましたけどやっぱり気になりませんか? お風呂はいらないと」
「う……。それは確かにそうだけど」
「お湯なら沸かしてありますよ!」
 私の部屋には備え付けでバスルームがある。
 従者がお嬢様と同じお湯で体を洗うなんて問題外だからだ。
「あら、気が利くわね……」
「本音を言うと、折角沸かしたんですから入れよって事です」
 調子に乗る美鈴。ああ、体調さえ良ければ……!
「はぁ……。分かったわよ。入れば良いんでしょ?」
 美鈴に言われて、お風呂に入る準備を始めた。


 さて、そろそろ寝ようか。
 具合が悪いし、さっさと眠って明日からちゃんと働けるようにしないと。
「じゃあ、もう寝るわ美鈴――ってアレ? どうして隅っこで体育座りなんかしてるの? 美鈴」
「違うじゃないですか……。入浴シーンオールカットとかどういうことですか……。作者は何をしてるんですか……」
 美鈴は涙を流して何やらグチグチ言っている。
 とりあえずほっといても平気だろう。
「ほら。私は寝たいんだから。今日は一日、看病ありがとね」
「あ、はい」
 立ち直りも早い美鈴。やっぱり、ほっといて正解だったか。
「それじゃ、おやすみなさーい」
「おやすみ、美鈴」
 美鈴は、手を振りながら部屋から出て行った。


「あのー、咲夜さん」
「何かしら?」
 翌日、早朝。厨房にて。
 洗い物をしながら、生返事をする。
「どうして私の朝食がドッグフードなんでしょうか……」
「…………」
「うわーん! 調子に乗りすぎましたごめんなさいどうか私に朝ごはんをーっ!」
「知らないわよバーカッ!」

 紅魔館は今日も平和です。キリッ。

==あとがき==

何をしてるんですか私は!(

はい、久々に小説を執筆致しましたということなのですが。
どうでしたかねー?
まぁ、駄作臭が否めない訳なんですけども。(
これからは、もっと時間を見つけて執筆したいと思いました……。

王道とも言える看病ネタをやったわけですが、
王道そのままやってもなぁ、と思って変化球を加えてみました(

感想あったら頂きたい!(

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