初夏。
蝉の鳴き声が良い感じに暑さを演出していて、じりじりと照りつける日差しは暑さを素敵な感じに醸し出していて、さらにさらに珍しく雨が降りやがり、それが上がったばかりなため湿気が多い空気はムシムシとしたナイスな暑さを表現していて、それはつまりどういうことかといえば
「あっつーいっ!」
おのれ温暖化。
「だからって、神社に来られても困るんだけどねぇ」
ここは博麗神社の縁側。
ここに来れば、巫女としての務めで霊夢が何かしらやってるんじゃないかと踏んでいたのだが、全然そんなことなかった。畜生、この怠け者め。
「五月蠅いわね……。暑いから何もしないんじゃないの」
その理屈はおかしいだろ。と言い返す気力もない。
縁側だから一応日陰ではあるのだが、やはり空気が悪い。
湿気で蒸し暑くて、そりゃあもう死んでしまいそうだ。
そういうわけで、私はぐったりと横になっているのだ。
「お困りかなっ!?」
ふと、声が聞こえた。おや、聞き覚えのある声だと思い顔を上げる。
「に、にとりじゃないか」
目の前には元気そうな顔をしたにとりが居た。
なんだこいつ、この暑さをどうとも思ってないのか?
「どうしたの? 珍しいじゃない」
霊夢も、意外な訪問者にとりに驚いているようだ。
「ふふふ、このにとりが二人の悩みを解決してあげるよ!」
どうしたんだこいつ。もしや、この暑さに頭でもやられたのか。
このテンションにはちょっとついていけそうにない。
「むむっ、その目はなんだい? せっかく人が助けてあげようと言っているのに」
「その訳の分からないテンションに引いてるだけだ、安心しろ」
「その台詞を聞いて安心出来る人は居ないと思うわよ……」
微妙な空気になっているのも気にせず、にとりは続けた。
「さて! 暑くて困ってるんだね!?」
「そ、そうだけどさ……」
にとりは目を輝かせて、自前の工具を取り出した。
「今こそっ! 匠の力を見せるとき! ……ねぇ、聞いてる?」
「はいはい、聞いてるから早くこの暑さを何とかして頂戴」
霊夢もあまり耳を傾けてなかったようである。
「むむむ……。どこか納得いかないけど、引き受けたっ!」
それじゃ、この部屋借りるね。にとりはそれだけ言って、工具以外特に何も持たずすぐ近くの部屋に入り、ピシャリと障子を閉めた。
「おい、いいのか霊夢?」
「良いんじゃないの? 部屋ひとつ貸すだけでにとりの相手をする手間も省けるんだし、何より本当にこの暑さが解決するのなら一石二鳥だわ」
なるほどな……。こいつはこいつなりに考えてるんだな。
ずずーっと水を飲んでいる霊夢を眺めて、そんなことを思った。
……そういや、これはいつまで待てば良いんだ?
そんなこんなで、夜が明けた。畜生、速攻で出来るんじゃねーのかよ。
すぐに涼しくなると思ってたのに。
「よっ、霊夢」
「ああ、魔理沙。おはよう」
私はにとりの造っている何かが完成したんじゃないかと思い、また博麗神社に来ていた。
一晩明けて、今日も朝から暑い。
どこか抜け切れていない蒸し暑さがとにかく不快だ。
「どうだ、にとりの様子は?」
まだ部屋に引きこもってるようだが。
「『魔理沙が来たら入っておいで』だって」
なんだ、もう完成していたのか。
それにしても、私をちゃんと待つとは。あいつも可愛いところがあるな。
「『料金は弾むよっ☆』だって」
前言撤回。私は一体何本きゅうりを買わなきゃならんのか。
しかも、博麗神社に“涼しくなるもの”を造っているというのに。
というか、お前が助けるだのなんだのとまぁ暑いしどうでもいっか。
「じゃあ、さっそくお披露目してもらおうぜ」
「そうね……」
霊夢はまだ朝だというのに疲れ切った顔をしている。
「どうした、霊夢?」
「ああ、何造ってたのかは知らないけど……。そ、騒音で眠れなかったの……」
……同情するぜ、霊夢。
というわけで、にとりが居る部屋の前までやってきた。
部屋の前でにとりが待っていた。にとりは笑顔でこちらに手を振った。
「やぁ、お待たせ。きゅうりは1年分で良いや」
「ぼったくりかこの野郎」
「あはは……。冗談だったら良かったのに」
「冗談じゃないのかよ!?」
にとりの笑顔が異様に怖い。これは嫌な予感が。
「まぁ、早く見せなさいよ……。こっちは騒音と暑さで死にそうなんだから」
「え? 騒音?」
何それ、とにとり。白々しさがひしひしと伝わってくる。何だこれ。
「あー、もう良いわよ! 早く見せなさい!」
「わ、分かったってば」
勿体ぶりたかったのにー、とむくれつつ、にとりは障子を開けて、部屋へと入って行った。
霊夢がその後に続く。すると、
「な、何これ!? すっごく涼しいじゃないの!」
霊夢がこんなに驚くってことは、まさかにとりの開発(?)は珍しく成功しているということか? これは期待だぜ!
「とーぅ!」
私も部屋に突入。
「お、おおぅ……!」
その部屋の空気は、とても清涼感があふれていた。
嫌な湿気も無く、涼しい。
「こ、これはすごい……」
これで夏の暑さともおさらばか。これからは、毎日博麗神社へ行こう……。
そんなことを考えつつ、ふと霊夢のほうを見る。
おや、と思った。
霊夢は固まっていた。ん? どうしんたんだろう。
もう夏の暑さとはおさらばだというのに、霊夢は特に喜んだりしていないように思う。
「おい、霊夢?」
近寄ってみれば、霊夢は一点を見つめている。
霊夢の見ている方に視線をやってみる。
壁に張り付いた何か。
それは、規則正しい直方体をしていて。
ちょっぴり年季の入った木で出来ていて。
そして、格子状に棒があり。
どこからどう見ても博麗神社の賽銭箱だった。
「「賽銭箱ォォォォォォ!?」」
思わず叫ぶ私と霊夢。
にとりは頭を掻いた。
「あちゃー……。このサイズは室外機向けだったかな? 失敗失敗」
「何の話よ!?」
にとりが言うには、これは『エアコン』というものらしい。
『エアコン』というのは、“空調設備”とかいうやつの一つで、部屋の中の空気の調整を行う機械らしい。
セットで“室外機”というものがつきものらしい。
閑話休題。
「とにかく! どうしてくれるのよ、私の賽銭箱!」
「え? 中身は無かったよ?」
「うぎぃぃー! 皆まで言われるとムカツクーッ!」
霊夢がかなり取り乱している、これは危険だ。
「大丈夫大丈夫、室外機には観音開きの何かを使っといたから!」
「それって神棚に置いてたヤツ!? アレは参拝客に売るつもりだったのにぃーーっ!」
こいつは金以外のことに興味はないのか? 一応、同情はするが。
というか、賽銭箱くらいが“室外機”とやらにぴったりのサイズとか言ってるくせにどうやったら神棚に置くようなちっぽけな観音開きのアレで“室外機”が出来るんだ?
「もーっ! 早く元に戻してよーっ!」
「ええ!? まだ料金も払ってもらってないのに!?」
そんなもん誰が払うんだよ。
私たちは何も聞いてないぜ。
「私の賽銭だけでもう良いでしょ!?」
「待て霊夢。いくらなんでも無い物で等価交換を成立させようだなんて無茶だ」
「黙れーーっ!」
ああ、これはだめだ。霊夢は完全に自分を見失っている。
「えー、自信作だったのにー。外の世界の技術をフル活用したのにー」
「関係ないわ! これなら暑い方がマシよ!」
私も賽銭箱をメカに使ったのには驚いた、が。
「おい霊夢。涼しい方が良いじゃないか。しつこいようだが、あの賽銭箱に金が入ることなんて滅多にぐふっ」
思い切り腹に右ストレート。これは痛い。声も出ない。
「きぃいいいいいっ! ちょっとにとり、表出なさい!」
「え、ええっ!? そんなちょっと、うわーーーーっ!」
ずるずるとにとりが部屋から引きずり出されていった。
二人が出て行って、静かになった。腹に痛みはまだ残っている。
「…………」
そよそよと風が吹いている。
賽銭箱製エアコンはその空間を涼しさで満たしてくれる、それはもう良いアイテムだ。
霊夢には悪いが、これをただの賽銭箱に戻すのはもったいない。
そよそよ、そよそよ。ああ、気持ちいい。
そよ……そよ……。ん? 何かリズムが狂ってきたような。
カタ……カタ……。……機械音?
カタカタカタカタ。雲行きが怪しい気がする。
ガタガタガタガタ!
「な、何だ!?」
異常な音を感じて、賽銭箱を見る。
そこにあったのは、黒煙をモクモクとあげる賽銭箱だった。
かなりシュールな光景だ。
ダダダダ、ガラガラダンッ!
「あーっ!」
いきなり障子を開けたのはにとりだった。
頭にはでかいタンコブが出来ていた。よくそんなもんで済んだな、お前。
「いきなり機械がオーバーヒートしてるっ!」
にとりが慌てて賽銭箱に近寄る、が。
賽銭箱は既に炭となっていた。
その時、入り口で呆然と口をパクパクさせて炭の賽銭箱を見つめていた霊夢の顔が、今でも印象に残っている。
にとりがさらに絞りあげられたのは言うまでもない。
そんな大事だったのか、あの賽銭箱……。
==あとがき==
やぁ、まずはこれを見てほしいんだ。