紅魔館。
 妖怪の山の麓に佇むその荘厳な洋館は、その名の通り紅で染められている。
 もう陽も大分傾いていて、あたりは薄暗い。
 しかしそんな事を感じさせない綺麗さ、という印象と共に、普通の人間が立ち入ってはならない雰囲気も感じ取れる。

「……くっくっく。悪い子が居そうだね」

 ――今宵、私、伊吹萃香が厄払いする。とか言ってみるテスト。
 ちょっと暇潰ししたかっただけである。
 これからあの館に忍び込もうと思う。


「……」
 陽も暮れてきた。
 だけど、ここからが危ないんじゃないかな、なんて思う。
 最近、この門を潜り抜けようという輩は現れていない。
 だからこそ、そろそろ何かが来そうで怖いな、と思う。
「なんちゃって。魔理沙さんがパチュリー様から本を盗っている今、来る訳ありませんよね!」
 不安を払拭する為、そんな独り言を言ってみる。
 そう、最近の話だけど、魔理沙さんに門を突破されてしまったのだ。
 ……普通に空から。
 そして、その突破された数十秒後にパチュリー様の悲鳴と、『借りてくぜ!』という魔理沙さんの声が聞こえて。
 それから、颯爽とまたこの門の上空を飛び去っていく魔理沙さんの姿を見た。
 ……パチュリー様には怒られた。うう。
「という訳で、来る訳ありませんよね!」
 あれだけの分厚い本を何冊も持っていったのだから、読み終わるのには時間がかかるはず。
 つまり、以下略って事ですよね! 
「でも、油断は大敵ですね」
 常連である魔理沙さんが来る可能性が薄いと言っても、他に侵入者が来ないとは限らない。
 前の失敗したから、名誉挽回として頑張らなくっちゃ!
「どこからでも来てくださーい」
 必殺の太極拳の構えをとる。
 これで門の前方百八十度は鉄壁なはず。
「えへへ、なんちゃって。すぐに来る訳ありませんよねっ」
 たまに、こうやって悪ふざけしたりすると暇も忘れる。
 ……今日は平和だなぁ。

「お、お嬢ちゃん、こんな時間にまで門番かい?」

 そんな風にのんびりしていると、目の前から声が聞こえた。
 少し目線を下にしてみると、そこにはちっちゃい女の子が立っていた。
「あ、あれ?」
 おかしい。さっきまで誰かが居るなんて気配は全く感じなかったのだけれど。
「ご苦労、ご苦労」
 カラカラと笑うその少女は、頭に角二本、何か飲み物が入ってそうな瓢箪をぶら下げている。
 ああ、多分この子は鬼なんだな。
「あ、ありがとうね」
 一応、敵では無いと思うので素直に御礼を言う。
「どうだい、一杯」
 少女はくいっ、と何かを飲むジェスチャーをする。
「い、一杯って」
「仕事中の酒は美味いよ?」
 悪戯っぽく笑うと、少女はどこからかおちょこを取り出していて、瓢箪の中の飲み物を注いだ。 
「い、いやいや。お酒なんて飲んじゃダメだよ?」
 と、言ってみてから気付く。
 この子は鬼だ。下手すれば私より年上かもしれない。
「あ、ああ……。もしかしてすごい年上だったりする?」
 失礼を承知で聞いてみる。
 すると、少女はまた笑った。
「はっはっは。私は一万年と二千年前から酒を飲んでるからね」
「嘘だよね?」
「はっはっは」
 曖昧に返事される。
「とっとっと……。どうだい、一杯」
 お酒と思われる飲み物がなみなみと入ったおちょこを私に差し出してきた。
「……じゃ、じゃあ一杯だけ」
 いくらなんでも、おちょこ一杯で酔うわけ無い。
 仕事にだって支障は出ないだろう。
 私は少女からおちょこを受け取って、すぐに飲み干した。
「……けふぅ」
 美味しかった。素直に。
「おっ!? いけるクチだね!?」
 おちょこ一杯飲んだだけなのに、少女は嬉しそうに私の背中をバンバン叩いてくる。
 あう、あう。意外と力が強くてちょっぴり痛い。
「ほらほら、どんどん飲んで!」
「え、ちょっ……。んむむむ」
 気を良くした少女は、またどこかから取り出した徳利に酒を注いで、無理矢理私に飲ませていた。
 んくっ、んくっ。……やっぱり仕事中の酒は美味しかった。
 も、もう病みつきかもひれあい……。

「飲め、どんどん飲めー!」

 しらいに、いしきがうすれれいくおがわかったらえあ。
 わらひはおあけいはよあかったのら。

 訳:次第に、意識が薄れていくのが分かった。
   私はお酒には弱かったみたいだ。
   
 むにゃ。


「ほほう、中は見た目より広いわけだ」
 手荒な真似はしたくなかったので、お酒で門番と仲良くなろうと思ったらベロンベロンになって眠ってくれたので、私は早速門を通り抜けて紅魔館に入っていた。
 いやぁ、嬉しい誤算ってヤツだね。
 紅のカーペットが廊下に敷き詰められていて、壁には蝋燭がかかっている。
 その蝋燭のほのかな光は、少し温かみがあって気分の良い物だった。
「さてさて、どうしてやろうか」
 暇潰しに来たは良い物の、館の中は広い事と豪華さがある事以外は普通だった。
 何をしたら良いか迷ってしまう。
「……ん?」
 少し歩いていると、扉が見えた。
 ……どれ、入ってみるか。
「……誰も居ないな」
 安全である事を確認しつつ、部屋に入る。部屋の中は真っ暗だ。
 明かりなんか点けたらバレるだろうから、廊下の壁にかかっていた蝋燭を拝借した。
 これで、それなりに部屋が見渡せる。
 見当たる家具は、机にベッド、あとタンスとかそんな感じで、誰かの部屋じゃないかなと思う。
 目に付いた物をとりあえず調べてみる。
 机に目をやる。
 なにやら妙な落書き帳のようなものがあった。
 開いてみると、子供が描いたような絵があった。
 拙いながらも温かみのある、良い絵だ。
 色んなページに描かれている人物の下には必ず名前が描かれていた。
『パチュリー』『めいりん』『さくや』『ふらん』『こあくま』……。
 みんな、大好きなんだな。きっと。
 ベッドを見てみる。
 ぬいぐるみがたくさん置かれている。
 ほほう。可愛らしい趣味なんだな。
 タンスを調べる。クリスタルのかけらがあった。残念ながらジョブチェンジは出来そうにない。
 仕方が無いのでそのまま戻す。ちぇっ。
 そんな感じに、テキトーに物色していると廊下から足音が聞こえてきた。
 ……この部屋に向かってきている気がする。
 マズイ。さっきの門番の酔いがもう冷めたとか? ……ど、どこかに隠れ――
 
「ふぅ、今日も疲れたわ」
 
 とか考えていたら、既に部屋の扉が開かれていた。
 一生の不覚。
 入ってきた人物の視線は私の視線と一致し、
「…………」
 嫌な沈黙が訪れた。
「だ、誰……?」
 その疑問、ごもっとも。
 私の目の前に居る人物……。
 背丈は私と変わらない程度。
 一番目についたのは、背中の羽である。
「……あ」
 そうか、この娘は多分……。
「レ、ミリア……?」
 ちょっとだけ自信なさげに言ってみる。
「……私を知ってるの?」
 どうやら間違い無かったようだ。
 この娘こそ、この紅魔館の主、レミリア・スカーレットだ。
 あれだけ人間やら何やらに恐れられているのだから、私ですら分かる。
「何の用よ、侵入者」
 鋭い眼光に、思わずたじろいでしまう。
 これがレミリア・スカーレットか……。
 それより、状況がヤバいと思う。
(勝てる気がしない……)
 どうしよう。暇つぶしに来ただけであって、こんなのと戦う気は一ミリも無かったのだ。
「返答次第ではただでは済まさないわよ」
 これは非常にまずい。萃香、最大のピーンチ。
「あー、えっと……」
 搾り出せ。何か打開策を――
「の、飲む?」
 そう言って瓢箪を差し出す私。
 ……バカーっ!
 こんなので『あら、良いわね』誤魔化せる訳が無いってええええ?
「……良いの?」
 無理だと思った時に思わぬ返答が来た物だから、少し驚いて聞き返してしまう。
「お酒でしょ? ワインにも飽きたから、飲みたかったのよ」
 これは予想だにしなかった展開だ。
 上手くいけば、切り抜けられるかも。
 レミリアはちょっとうれしそうな顔をして、パチンと指を鳴らした。
 すると、どこからともなく妖精(じゃないかと思う)メイドがコップを持ってやってきた。
 メイドはレミリアと私にペコリとお辞儀して、コップを机に置いて、すぐまたお辞儀をして立ち去った。
 なかなか、訓練されているなぁ。
「そこに座って良いわよ」
 レミリアが指を差すソファに座らせてもらう。
 とてもフカフカで、気持ちのいいソファだ。
 レミリアも私と向かい合って、テーブルを挟むように座る。
「さぁ、早く私の為に注ぎなさい」
 おおぅ。やっぱりお嬢様だねぇ。
 態度もでかいものだ。
 だけど、ここで気を悪くさせてはダメだ。
 レミリアは目を輝かせ、コップを突き出して私のお酒を待っていた。
 レミリアが差し出したコップに酒を注ぐ。
 注ぎ終わってから、自分のコップにも一応注いでみる。
 ……まぁ、直接飲むとレミリアの気分を害するかもしれないし。
 とりあえず、乾杯でもしようかとコップを差し出すとレミリアは、
「あなたから先に飲みなさい」
「えっ」
「毒でも盛られてたら大変でしょ?」
 う、うーむ。そんなの無いんだけどなぁ。
 でも、侵入者である以上、そう疑われても仕方無いな。
 私は言われたとおりに、コップに注いだ酒を飲んだ。
「ぷはっ」
 流石、私の酒。美味い。
 そんな私を見てレミリアも安心したのか、酒を一気に飲み干した。
「おっ、良い飲みっぷり」
「不味い! もう一杯!」
 またレミリアはコップを突き出してきた。
「……不味いとは心外だなぁ」 
 苦笑いをしつつ、もう一杯注いでやる。
 またレミリアはそれを飲み干して、
「もう一杯!」
 また注ぐ。
「んくっ、んくっ」
 また飲むレミリア。
「もう一杯!」
 ……無限ループって怖くね?


 それから、どれほど経っただろうか。
 とりあえず、かなりの時間が過ぎていると思う。
 ずっと飲んでいるレミリアだが、それほど酔ってないように見える。ほろ酔いくらいだろうか?
 慣れているのかな。
「当然よ。普段からいろいろなワインとか飲んでるんだから」
 ふふん、と少し自慢げにするレミリア。
 ……何が嬉しかったんだろう。
「大体ね、皆私を子ども扱いし過ぎなのよ」
 おろ? 酔った時特有の愚痴が始まったよ?
「咲夜だってそうよ。三時のおやつなんて未だに持ってくるし」
 咲夜? ……ああ、メイドか何かかな。なんて納得しつつ、
「いや、食べるんでしょ?」
 と冗談混じりに言ってみる。
「まぁね」
 否定しないんかい。
「それだけじゃないのよ」
 レミリアはくいっ、と酒を飲みつつ、
「頼んでも居ないのに、高い所に置いてある物とか取るのよ?」
 うーん、主のアシストをするのは従者として当たり前じゃないかと思うけど。
「まぁ、取れないから仕方ないとは思うんだけど」
「じゃあ良いじゃん。何で不満に思ったんだよ」
 分からないなぁ。お嬢様って。
「咲夜だけじゃないわねぇ。パチェだって」
 誰だろう……。親しげに呼んでるから、メイドでも無さそうだけど。
「何かあるの?」
 とりあえず、話を合わせておこう。
 レミリアはフンッ、と鼻を鳴らして、
「絵本、読んで聞かせてあげるー、なんて言っちゃうのよ?」
 ああ、それはいくらなんでも酷いかもなぁ。
 見た目が(私が言える事でも無いけど)幼いといっても、中身は……。まぁ、多分相当長生きしてるんじゃないかなって思う。
 それだったらこの扱いを酷いと感じるのも頷ける――
「モモタロー、って言うのかしら。アレ、面白かったなぁ」
「バッチリ読み聞かせて貰ってるじゃんか」
 同意して損した。
「い、いやっ! あ、あれはパチェが読んであげるって言うから」
「知らんがな」
 慌てて否定しているレミリアだが、その否定にはまったく説得力が無い。
「あ、あとね、妹のフランまでもが!」
 話題を無理やり逸らしたな……。まぁ良いけど。
 というか、このお嬢様は妹にバカにされるのか?
「せっかく遊んであげようと思ったら、『今忙しい』って断られたの!」
 それはもう自分で自分を子供だって主張しているようなものだと思うぞ。
 自分のわがままが通らないからムキになるのはいかにも子供な――
「『今忙しい』って、おやつ食べながら言ったのよ!? ムキー!」
 ああ、それは随分ひどい扱いだなぁお嬢様よ。
「もう! みんな何なのよ!」
 とりあえず、私は確信した。
 このお嬢様には威厳など無い、と。


 その後も、レミリアの愚痴は続き、気づけば窓からは光が差し込んでいた。
 ……もう朝か。私としては、暇つぶしになったので良かったのだけれど……。
「……うう」
 レミリアはすっかり酔い潰れていた。
「しかし、なんだろうね」
 周りから、怖い怖いと恐れられていた吸血鬼。
 こんなに親しみやすいとは思わなかったなぁ。
 吸血鬼の印象が、一気に変わったよ。
「……それじゃあね」
 私は、清清しい気分で部屋から出て、館を後にした。
 ……また、遊びにこようっと。
 レミリアもたぶん、許してくれるさ。


 出る途中、門の方から誰かの怒号と、誰かの平謝りが聞こえたけど気のせいだろう。

==あとがき==
個人的に、オチが好きです。以上(待

いやー、やっぱり難しかったですかね?
その分、書くのは楽しかったです^^
美鈴とのかけあいのくだりが光るよ!(ハ

それではっ!
午後の東方厨様へでした!


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