迂闊だった。まさか朝の天気予報が、私に嘘を吐くとは。
 今日は一日晴天、降水確率も十パーセントというから傘も持たずにお買い物に出掛けたというのに。
 ついさっき降り出した雨だが、すぐに水溜りが出来るほどの豪雨だ。
 地面は泥だらけで視界も悪く、こうやって雨宿りの場所を探すべく走るのも辛い。服、透けたりしてないかなぁ。
「あ、お店」
 良かった、思ったより早く雨宿りの場所が見つかった。お店の人には悪いけど、雨宿りに使わせてもらおう。


 カランコロン。入店を告げる鈴の音が、店内に鳴り響いた。
 見てみれば、棚が並んでいる。その棚には招き猫とか達磨とかの置き物、扇などの小道具まで、所狭しと置いてあった。どんな店なのかもわからず入ってきてたけど、古物屋かな?
「いらっしゃいませ」
 メガネをかけた男の店員さんが駆け寄ってきた。
「あ、すいません……。外が大雨でして」
 雨宿りが目的で入店した事を謝罪すると店員さんは、
「それはいけません。タオルを持ってきますね」
 と、店の奥の方へと行ってしまった。そこまで配慮しなくても良いのにとも思ったが、もう遅い。店員さんの好意を受け取る事にする。
 五分くらい経って、店員さんが帰ってきた。
 手にはタオルだけじゃなく、マグカップまである。
「いえいえ。冷えているだろうと思いまして、ホットココアを淹れさせて頂きましたが。……お節介が過ぎましたか?」
「と、とんでもないです。ありがとうございます」
 世の中には優しい人も居るんだなぁ、と感動しつつココアとタオルを受け取った。
 濡れた髪をタオルで拭いてから、ココアを一口。人の心とココアの温度、二つの意味で温かい。
「あ、あの。こういう言い方もなんですけど、ここって古物屋さんですよね?」
 私の問いに店員さんはニコリと微笑んで、
「余程慌てていたんですね。ええ、そうです。私が趣味で経営している古物屋ですよ」 
 と答えた。その微笑みが反則だよなんて思ったりげふんげふん。
 何を考えているんだ、私は……。
「あ、そうだ」
 店員さんが、閃いたという風に手を叩いた。
「何でしょうか?」
「いえ、お客様。服が透けてますので、古物でよろしかったらと思ったのですが……」
 反射的に商品棚に隠れた。マ、マズイ。服が透けているのに気付かないとは不覚!
「はは。とりあえず服を見繕ってきます」
 店員さんはそう言って、また奥の方へと行ってしまったようだ。
 物陰から頭だけ出して店員さんが居ない事を確認する。
 ――なんだろう。この感情は。胸が、締め付けられるというか……。
「これが……恋?」
 いや、そんなはずはない。会ったばかりなのに、ありえない!
「どうか、なさいましたか?」
 そんな事を考えていて、隣に店員さんが来ていた事すらにも気付けなかった私は、病気なのだろうか。


 昨日は、古物の着替えと傘まで貰って帰った。それらの代金を払おうとしたのだが、
「いえいえ、貰ってやってください」
 の一点張りだったから、私もお金を払う気なんか失せてしまったのだった。
 そして私は、洗濯した着替えと、貰った傘を持って、またあの店の前に立っていた。さて、どうしよう。というのも、今あの店員さんの顔を見たらもうどうにかなってしまいそうだったからだ。
 思い出しただけでも、顔が赤くなる。
 とにかく落ち着こう。目さえ合わせなければ大丈夫。そうだそうに違いない。
 カランコロン。この鈴の音が、今日ほど緊張を高めさせた事は無いだろう。私はややうつむき気味で入店した。
「いらっしゃいませ」
 この声だけで、卒倒しそうになった自分はもう大変だ。
「あ、あの……。服と傘を返しに……」
 うつむいているから、店員さんの表情は分からなかったが、
「ああ、わざわざありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ありません」
 と優しい声がした。ちなみに私の意識はここで飛んだ。


 卒倒して、店員さんの優しい看護まで受けて家まで帰ってきていた。もう私はアホなのかと自問自答を続けてあああ、心が締め付けられるぅうう。
 自宅まで帰るのも辛くてタクシーまで使ってしまった。もうこれは立派な恋の病なのだと、認めざるを得なかった。 

 ……決めた。告白する。

 優しいだけじゃないかと言われようとも、もう私の病の治療法はこれしかない。告白する!
 手紙でどこかに呼び出そう。それで、その二人きりというシチュエーションで告白。ふふふ、自分でもびっくりする位完璧な作戦だ。


「好きです。結婚を前提に付き合って下さい!」
 夜の公園で、私と店員さんの二人だけ。暗闇のおかげか、店員さんを直視しても卒倒などしなかった。これも計算通り。その空間で、私の声が響いていた。
 店員さんからの返答までの一秒一秒が、ものすごく長く感じる。
  
「……勿論です。あなたの様な人は、僕の運命の人だと思っていました」

 嬉しかった。私は思わず、店員さん、いや彼に抱き付いていた。
 この掴み取った恋は、もう絶対に離さない。一生、大事にする。そう誓った。


 三年後。私達は同性婚が認められているオランダに移住して、結婚した。

===あとがき===

はいどうもお疲れ様でした。
いかがでした? 私がやらないであろうと思っていたミスリード。と呼んで良いのか?(ぁ
まぁ、勘のいい人は最初の一文で気付いちゃうようです。
それ以前に私の文章の運び方が悪いが故に気付いちゃう人ももももも(最悪

画面の前の貴方! 気付かなかっただろう!? 嘘でもうんって言いましょうね!
それが社会を生きるための秘術なんですy(黙れバーカ

それではっ! 感想くれたら嬉しいぜ!


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